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<<   作成日時 : 2008/06/01 04:05   >>

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椎間板ヘルニアといっても
人によって いろいろなのだろうし
首のヘルニアの人が周りにいないので
共感したり、比較したりすることが出来ない。

電気のコードやランプに例えると
「接触不良」「断線」「混線」といったことが
首の中で頻繁に起こっており、
去年までは痺れの方が多かった。
今は痛みの割合が高く、
(意志や感覚の及ばない)痺れよりは
痛みの方がだんぜん良い。

1)断線感覚
「痺れ」と一言で言うけれど、
この感じを人に伝えるのは難しい。
正座したとき足がジンジンする痺れとは違うのだ。
車を運転しているときに
両足と左手が一挙にドーンと”落ちて”しまったことがある。
つまり「断線」なので、
筋肉や皮膚の感覚が遠く、何パーセントしか動けない。
職場の近くだったので、なんとか帰ってこれたけど
この「断線」感覚は
自分がタコとかクラゲになったようで
首から以下の、手だか足だかの”触手”を
思い通り動かせるのか? 非常に心もとない。

断線感覚は症状として一番重いもので、
特に寝ているときに腕が全く動かなくなることが多かった。
(二の腕から先が感覚を無くし、重力に逆らえない感じで
(いわゆる”金縛り”の 胸やあごが拘束されて動かせない感じとは違う。

2)接触不良
タコやクラゲになっていない時でも
腕・脚・お尻のどこかが
常に何か(見えない犬のようなもの)に噛みつかれているような感じがしたり、
自分だけ見えない防火扉みたいなものにはさまれて
前に進めない感覚…これが一番多い。
筋肉の6〜7割は動こうとしていると思うのだけど、
反応しない部分を無理やり引きずるメカニズムが この感覚を生むのだと思う。
右腕一本上げるのは
時に、50kgのバーベル持つより難しい。

3)混線
汗が蒸発するとき、
ひじから先、ひざから下の部分が
クリスタルの結晶のようにキラキラ光って見える。
別に手足を凝視しているわけではなく、
リハビリ歩行でちゃんと前を向いているのだが、
手足のキラキラが(前方ではなく立体的に手足の位置に)同時に
視覚として見えている。
皮膚の冷点が
視覚と混線して画像化されるのだろうと自分では判断している。

つまり 正座して足がジンジン、ビリビリくる痺れと
ヘルニアの痺れとは まったく別種のものだし、
体験した事のない方には
(それが医師や看護師であっても)
伝えることが非常に難しい。

入院中、週1の巡回回診時、
医師が僕の後ろに回り、「肩の凝りは大丈夫みたいだね」と
本当に肩をもんだ時、
 ・整形の医師は予定手術や救急車対応で忙しいし
 ・看護師はナースコールとルーティーンこなすだけでも本当に大変そうだし
『…しょうがないのかな…』とやはり思ってしまいました。
この冬の嘔吐・下痢流行で病床がいっぱいになり
救急患者受け入れ不能!の事態もあって
「若年で体力のある人から」と(僕も含め多数)依願され退院。
今はリハビリ通院中です。

◆点線の人生◆

ヘルニア・ライフで何が一番つらく、
何がそれまでの人生と変わったか?というと
人生が「線状」ではなく「点状」にかわったことです。
↑の2)接触不良でも触れましたが、
見えない防火扉のようなものにはさまれている感覚があります。
その扉を開けないと
手足を動かし、前に進むことが出来ないのです。

一生懸命努力し、扉を開いて
右肩を少し前に出します。
するとまた痺れや痛みが表われ、再びバタンと閉まった扉が肩に喰い込んできます。
んんん…と無言でリキんで頑張って
扉を開けるとまた閉まり…
100回開けても、200回開けても、
何時間たっても抜け出せないことがあります。
元気がない時は扉は開かないし、
消耗して 長く放心状態にいるときも多いです。
はたから見たら何もしていない、動いていないように見える男。
でも一歩出すために100枚の扉を
二歩目を出すためにさらに多くの扉を…と
眼には見えない無限のセッションが繰り返されているのです。
よく知らないけれど、
「煉獄(れんごく)」というのはこんな感じかな?と思います。

この病気にかかるまでの「生」は、
生まれてから一本の「線」のようでした。
でも ヘルニアの人生は「点」です。
意志や感覚、思考まで 止まっている時が多いのです。
進む「時」=「生」=「点」を創り、
「点線」を使ってつむげるか?これからの自分?
それが 今の僕のヘルニア・ライフです。

PS.
 子供のころ、SFやジュブナイル小説を読んで、
 「四次元」とか別の次元ってどんなことなんだろうな?
 と考えたことがあります。
 時間軸がどうとか…って話だったけれど
 ちっともイメージ出来なかった。
 でも、
 ヘルニアって明らかに別次元ですよ。
 今まで、
 現実の世界に
 別次元の感覚で生きている人のことを想定できなかった。でも、
 今はわかる。
 生まれつきの障害者や聴覚障害者・視覚障害者、
 様々な難病…難病じゃなくても病気を抱え続けている人って
 きっと多分 不特定多数の人と共有できない
 「別次元」を抱えて生きている。
 そういった「次元」をつなぐ言葉のやりとり はきっと難しいし、
 誰もが何かを発しているはずなのに
 それを個々にすくいあげること事態が 余裕と幅(はば)を人に要求する。
 難しいな…。

 今まで 僕は居心地のいい狭い場所に居たがって、
 そういう場所と場所の間は足早に通り過ぎた。
 共通する言葉、共有する話題、理解しあえる仲間を見つけてつなげ、幸せになる。
 間違ってはいないはずだ。 
 ただ、「別の次元」があると知ったことが 昨日までとは違う。 
 僕はヘルニアであるがゆえに 首が振れなくなった。
 うなづいてもあいさつしても その瞬間、ダメージが全身に及ぶ。
 手話の応用で 動ける左手と目線・表情・言葉で僕独自の言語を作っていく
 (つまり「別次元」からの発信方法を考える)か?
 言葉足らずになること
 (つまり多くの誤解を招き、それを何度も乗り越えること)を承知で
 首を動かさず、言葉だけで対応していくか?
 あいさつ一つとっても 膨大な時間と試行錯誤を必要とする。

 首の大手術が Go ! となり、成功して完治する可能性だってあるのだが、
 現況では 一生付き合う病状にしか見えないので
 ただ
 「外に発信する勇気」を持ち続けるしかないと思う。

 今回の文章を書く前に(書きながらも)
 ずいぶん逡巡したし、時間もすごくかかった。
 前回、タイトルを「Let's begin ! 」にして良かったと思う。
 このタイトルを何度も反芻(はんすう)し、
 それに 続けなくちゃと思えてきたのだ。
 ヘルニア・ライフ goes on ...
 僕は書き続けます。

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